アメリカの大恐慌 7
ある歴史家は、フーバー大統領の自由経済的哲学を批判して、
「この消極一点ばりの理論の根拠がいかに高遙なものであれ、これが人心に1つの強い影響を与えたことは事実であった。それは無能力ということだった。かくて政府は危機を前にして、まったく施す術を知らなかった」
と述べています。
1933年3月4日、ワシントンのキャピトルには春とはいえ、雲が重くたれこめ、底冷えのする日でした。
正午かっきり、この日から12年以上、そしてその死に至るまで、アメリカ史上かつてなき長期政権の座についたフランクリン・D・ローズベルトは、上院の大統領の就任式において、彼の家に300年も伝わってきたオランダ製バイブルで宣誓をすませました。
待っていた群衆の前で、新大統領はよく通る声で就任のあいさつをはじめますが、これは同時にラジオによって全国民の耳にも伝わっていきました。
「・・・わたくしはここではっきり申し上げたい。われわれが恐れなければならないただ1つのことは、恐れそのものであること名前のない、理屈に合わない、いわれのない恐怖こそが、後退を転じて前進となすのに必要な力を麻痺させているのだということを・・・」
このように、のちにしばしば引用されるようになった言葉が出てくるにしたがい、聴衆は次第に興奮しはじめていました。