アメリカの大恐慌 5
花形株のその後の経過をみてみると、GE株は1932年の底値でみると34ドルと、1929年の高値の9%弱。
GM株は7・6ドル(10%)、RCA2・5ドル(2・5%)、AT&T70・3ドル(23%)、ニューヨーク・セントラル8・8ドル(3・4%)、USスティール21・2ドル(8%)と、いずれも反古に近い惨憺たる状況を呈したのです。
有能なテクノクラートであり、1920年代の繁栄期に2人の大統領の下で商務長官として活躍したハーバート・フーバーは、1928年の選挙では国民の期待のうちに大統領に当選しました。
そのときのスローガンは「どの鍋にも鶏1羽を、そしてどのガレージにも車2台を」でした。
フーバー自身も「神のお助けにより、わが国から貧乏が消え去る日も間近い」という予言を繰り返していました。
しかし、運命はあくまで皮肉です。
汚職のハーディングはもちろん、ケチで凡庸なクーリッジよりもずっとましであろうとみられた大統領フーバーは、まるでアメリカ中に不運を持ちこんだ張本人のようにいわれるようになってしまいました。