アメリカの大恐慌 3
しかし、恐るべき神の裁きの日は、突如としてやってきます。
まず10月24日の「暗黒の木曜日」の暴落、続いて29日の「暗黒の火曜日」に一段と落ちこみ、11月13日の大底まで転落を続けました。
その間ニューヨークはもちろん、アメリカ中が人びとの阿鼻叫喚に包まれました。
それは直ちに世界中にこだましていきます。
この株式市場の崩壊がやがて世界恐慌に火をつけることになったのです。
さきほどの9月3日の高値からわずか2カ月足らずで、株式の多くは紙くず同然となりましたが、花形優良株でも半値を切っています。
たとえば9月3日から11月13日までの間に、GE株は396ドルから168・5ドルへ、GMは73ドルから36ドルへ、RCAは101ドルから26ドルへと激落。
資産株とみられる銘柄でも、AT&T(電話)304ドルから197ドル、ニューヨーク・セントラル(鉄道)256ドルから160ドル、USスティール(鉄鋼)26ニドルから150ドルへと、軒なみ落ちこみました。
1920年代、「永遠の繁栄」を謳歌していたかにみえたアメリカ経済が、こうも脆くも崩れるとは誰も予想しなかったのです。
当時の代表的経済学者で、エール大学教授は、あの「暗黒の木曜日」の直前まで、彼の「不滅の予測」といわれる「株価は永遠の高原とみられるところに達した」という主張を続けていました。
しかし、9月はじめに381というピークに達したダウ・ジョーンズ株価指数は、その後下がり続け、11月なかばには200を割りました。
そしてついに、1932年には41の底に達しました。